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食事管理

母が退院し、通院での透析がはじまっているのですが・・・食事管理がとても大事なので、食品成分表やら透析患者の為の食事の本やら、数冊購入し、カロリー計算ぐらいは❗と思って、大まかだけどノートに記入し、自分なりにやってはいますが・・・

肉にしても魚にしても野菜にしても、生と加熱後では重量も変わるしで、計算が大変💧

たまたま購入した本に、栄養学を学ぶ通信講座の案内が入っていて、今すぐはお金もかかるし、時間も必要なので無理ですが、少し落ち着いたら、勉強してみようかと✏️

栄養士や管理栄養士は、専門的な学校に行かなくては資格を取れないので無理ですが、通信講座で学ぶだけでも、これからの食事管理に役に立つのでは❓と思うので、受講料を貯めて、挑戦してみようかと☺️

母が退院し、2週間は経ちましたが、母用の食事を写真を撮って、おおよそのカロリーと共に、ブログにUPしよう☝と考えていたのですが、写真をちょっと撮るぐらいの気持ちの余裕もなく、食べ始めてから気付く始末💧

母用とは言っても、私達とメニューは同じで、味付けと量が違うだけなのですが、ブログに載せることで、記録にもなるし、もしかしたら誰かの役に立つかも知れないし。

パソコンのスキルUPと共に、栄養学を勉強することで、資格取得には繋がらないけど、家でやれる仕事に繋げることはできないか❓と考えているので、真剣にやっていきたいと思います。

これからは、写真を撮ることを意識しながら、料理しなくては💡

食事管理

腎不全で入院していた母が、退院しました😊

8月14日(土)に入院してから、9月20日に退院したので、38日間・・・コロナウイルス流行の影響で、一度も面会できず、久しぶりの再会でした。

入院前、浮腫が酷く、足や手がバンバンになってしまい、体全体に浮腫が拡がっていたのですが、透析を行い、入院前より25kgは体重が落ちたとのことで、どんな風に変わってしまったのか、まったくわからない状態での再会。

一回り、二回り近く小さくなって帰って来ました。

入院中、「何でこんなになるまで放っておいた⁉️もう少しで危ないところだった」と言われたらしいですが・・・かかりつけの病院があり、月一で受診はしていたんです。だから、担当の先生は母の状態を把握していたはず。

浮腫は、だいぶ前から始まっていて、それも先生は知っていて、8月の受診で初めて利尿剤を出され、それを服用してから、急激に体調が悪くなり、8月14日の朝は、自力で立てないほどに。

利尿剤で一気に尿が出たことから、バランスが崩れたのか。

土曜日で担当の先生はいなかったのですが、かかりつけ病院に連れて行き、そこでも「ずいぶん悪くなっているじゃないですか❗」と。

私達家族が悪い❓

8月初旬、かかりつけ病院で受診したばかりで、担当の先生も母の浮腫が酷くなっているのも知っていて、浮腫はだいふ前から出ていましたが、この時初めて利尿剤を処方され、それを服用した途端、一気に体調が悪くなり・・・たぶん、利尿剤を服用したことで、尿の量が突然増え、体のバランスがおかしくなったのかと。

透析の準備に入った方がと、7月に大学病院を紹介され、受診しましたが、次回は9月とのことでしたが、9月まで待っていたら、母は今存在していなかったかも知れない。

ずいぶん悪くなっているじゃないですか❗と言うならば、何故7月の時点で、急いで透析の準備をして欲しいと、シャントを作ることと導入をお願いした大学病院に連絡をしてくれなかったのか、もうその頃からやらなければならなかったのではないか❓

先生の判断ミスだと私は思っています。

血液検査はしていたので、その数値を元に判断していたのでしょうが、もっとちゃんと診てくれていれば、苦しい状態で入院することなんてなかったのに。

なかなか更新する気になれなくて…

色々あり過ぎて…何で自分ばっかり…何で何での繰り返しの日々。

他人を羨んだり、妬んだり…でも、

人を羨んでも、幸せにはなれない

人を妬んでも幸せにはなれない

人を恨んでも幸せにはなれない

どんなことがあっても、何があっても、私は私でしかないのだから

良くない日々が続いているのは自分のせいかも知れない

何で何でと考えてばかりいる自分のせいかも知れない

他人を羨ましがっても、何もならない

自分が惨めに思えて仕方なくなる

悪いことばかりではなく、良いこともある

息子が努力の甲斐があり、第一志望大学に合格し、4月から晴れて大学生に✏️

予備校に通わせるのも、本当に大変だったけど、大学に行きたい一心で頑張っていた息子

息子の合格は報われたし、救われた気持ちになった

4年間、勉学に励んでもらえるよう、私は息子に心配をかけてはいけない

今までも、大変な時がたくさんあった

でも、何とか、ギリギリであっても、乗り越えてくることができた

乗り越えられたということは、ギリギリの生活であっても、何とかやってこれた証

悪いことばかり起きているような気がするけど、乗り越えてきたということは、悪いことではなく良いこと

ネガティブにではなく、ポジティブに考える

でも、フとしたときに、やっぱり考えてしまう

乗り越えてこられたとはいっても、何故度々悪いことばかりが起きるのか

いつも金銭的な面で、苦しい思いをしてばかり

何が悪いのか

いつになったら、そういう思いから解放されるのか

お金にまつわる苦労から逃れたい

お金の心配をしながらの生活から脱け出したい

神様が本当にいるのなら、叶えて欲しい

いつも笑顔でいられる生活をさせて欲しい

およそ1年振りの更新

昨年、息子の誕生日のことを更新してから、色々あり過ぎて、全然更新する気分にもなれず、1年が経過してしまいました💧

昨年1月は、兄が心臓の手術をし、私は私で子宮頚癌上皮内がんであることがわかり、5月に手術を受けました。

コロナウィルスの流行で、仕事は4月から5月末までお休みに・・・手術の予定日ギリギリまで働こうと思っていたのに働けず、仕事柄補償もなく、途方に暮れながら日々過ごしていました。

息子は、やりたいことがあるなら諦めてはいけないよ❗ということで、二浪することに決め、一昨年母の入院・手術で、ちゃんとしてあげられなかったので、今回はきちんと予備校に通わせてあげたい❗と思っていましたから、色々遣り繰りが大変ですが、予備校に通わせることに。

でも、まさかのコロナウィルスの流行。

こんなにも生活に影響が出るとは思ってもいませんでした。

子宮頚癌の治療をし、7月から仕事復帰しましたが、思うように稼ぐことができず、今まで働いていたお店は、感染者数が増えるたびに休業したりで、今年に入りまた緊急事態宣言が発令され、5日から再開未定の休業に。

何とか遣り繰りをして、予備校にも通わせ、受験もさせることはできていますが、まだまだこれからお金がかかります😞

昨年は、がん保険が少し入ったりで、なんとかやれましたが、もう底を尽きてしまいました。

ずっと休業している訳にもいきませんから、6年近く働いたお店でしたが、辞める決断をし、今別の所で働いていますが、こんな状況ですから、やはり思うように稼げずで、もう何も思い付かない感じです。

休業に付き合って、ただ家にいるよりましではあるのですが、私の仕事はおもいっきりコロナの影響を受けています。

いつになったら、普通に生活できるのでしょう。

大学進学を目指して、今頑張っている息子のことだけでも、なんとかしなくてはいけないけど、もうどうしたら良いかわからない。

決心したけど・・・

色々悩みましたが、どう足掻いても、今まとまったお金を用意するのは難しいので、役所に相談に行こう‼️と決心しました。

『母子父子寡婦福祉資金貸付金制度』は、子供が20才未満の場合なので、息子は明後日20才になってしまいますから、『生活福祉資金貸付制度』という制度の方で区役所に相談に行こうと準備をしていたのですが・・・母が、親戚に相談してみるよと言ってくれたので、貸してもらえるか分かりませんが、その返事を待ってから、駄目なら区役所に・・・ということになりました。

でも、普段懇意にしているとは言っても、お金の話が出たら、相手がどう思うか。

母が悪く思われるようなことにならなければいいなと思います。

ただ、『生活福祉資金貸付制度』の申請基準は、非課税世帯や失業者・障害認定を受けている人が同世帯にいるなど、生活困窮者の救済のための貸付なので、我が家は該当する部分もあるのですが、審査は厳しいらしいので、申請したからといって、借りられるかどうかの補償はまったくありません。

親戚に借りて、返す方が大変な気がしますが、役所の貸付は1ヶ月はかかるとのことなので、なんとか借りることが出来ればと願うばかりです。

何で、悪いことというのは続くのでしょうか。

賄いきれないぐらいに、あれこれ重なり過ぎて、パンク寸前です。

いつか、良くなる時が来る❗と思いたいのですが、まったく先が見えません。

祖母は、心臓の手術をしたのに、78才で亡くなりましたが、母は78才で心臓の手術をして助かり、叔父は48才で風邪をこじらせ肺炎で亡くなりましたが、兄は48才で心臓の手術をして助かりました。

命を落とさず済んだのは、祖母や叔父が助けてくれたのか。

2人とも同じ年齢というのが、ちょっと怖いけど、2人とも助かったのは、祖母や叔父が手を差し伸べてくれたのかも知れない。

同じ運命を辿らなかったのは、これから先良くなっていくんだ❗という前兆であって欲しいと、ただただ願うばかりです。

死ぬ気で頑張るしかないですね。